高原の晩夏に寄せる歌 

             「山」終刊号のために

                      尾崎喜八

  正午に燻る火山高原の草にまぎれて、
  ちまたへくだる人々の姿は消えた。
  もはや新しく訪れる客の影はない。
  ああ、老いたる八月、
  豊かに錆びた夏のおわりよ!
  ふたたび帰る静けさと世界からの隔たりとに、
  まだ思い出の薄青い空、
  まだぬくもりの去らぬ岩。
  しかし風は醒め、霧はながれ、
  この大いなる広がりのいたるところ、
  凋落の甘やかな匂いにまじって
  すでに九月の嵐がさまよう。
  すでに粛殺の秋がひびく。

  方解石いろの雲の下、
  一様に黄ばむ高原の果てしに
  たてがみ上げて嘶く馬を見に行こうか。
  雨にくだけた風露草が
  赤い花びらを印した岩を踏んで、
  或る朝の西風に捲かれながら
  あこがれの遠方にむかって旅立とうか。
  わが夏とその蕩尽とは美しかった。
  今、晩夏の四周は花々の悔なき死。
  倏忽に消える無常の美を
  母らしい腕に抱きとる永遠はかしこにある。
  さらば愛惜をなげうって此の山小屋を掃き清め、
  闌干とのぼる秋の星夜を大きな窓へ呼び入れよう。


 


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注)燻る イブル/錆びた サビタ/醒め サメ/凋落 チョウラク
粛殺
シュクサツ(ショウサツ)/方解石 ホウカイセキ嘶く イナナク
風露草
フウロソウ印した インシタ/捲かれ マカレ蕩尽 トウジン
クイ倏忽 シュクコツ/愛惜 アイセキ闌干 ランカン