雪消の頃 
                      尾崎喜八

  清いものとして薄れゆく
  おもいでのように、いつか輪郭も
  透明になった雪のまだら。

  身にしみるほどまじめで、
  静かに万物をときはなつ
  高原の五月の太陽よ。

  ながい隠忍のはしばみや
  白樺のかなたの空を雲がながれ、
  風は自由と漂泊とを歌って通る。

  雪消の水の青と銀との糸すじに
  うるおされた土からは、
  山の早春を吐く水芭蕉の花。

  自然はまだどこか淋しいが、
  すでに清新の気に満ちみちた風景をとよもして
  おおるりの歌が喨々とひびく。

  そして、もう人が居るのか、あの小屋から
  今昇りはじめた柔らかな白けむり。
  あれこそ山の春の消息だ。


 


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注)雪消 ユキゲ/隠忍 インニン/白樺 シラカバ/漂泊 ヒョウハク
水芭蕉
ミズバショウ/喨々 リョウリョウ