天上沢 
               (押韻詩)

                      尾崎喜八

  みすず刈る 信濃の国の おおいなる夏、
  山々のたたずまい、谷々の姿もとに変らず。
  安曇野に雲立ちたぎり、槍穂高日は照り曇り、
  砂に這う這松、岩にさえずる岩雲雀、
  さてはおりおりの言葉すくなき登山者など、
  ものなべて昔におなじ空のもと、
  燕より西岳へのこごしきほとり、
  案内の若者立たせ、老人ひとり、
  追憶がまぶた濡らした水にうかんで
  天上の千筋の雪の彷彿たるを見つめていた。


 


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注)安曇野 アズミノ/槍穂高 ヤリホダカ/這松 ハイマツ/岩雲雀 イワヒバリ
ツバクロ/西岳 ニシダケ天上 テンジョウ/千筋 チスジ/彷彿 ホウフツ