暗い源泉から生まれて
尾崎喜八
ああ今一度、悦びに満ち力に満ちて新しく、
その暗い源泉からほとばしり出よ、私の歌!
ひえびえと青く涼しい山間の朝にめざめて、
日光の縞を浴びた苔の緑のしとねから、
その柔らかさ、その深い厚さから、
強い芳香で谷間をひたす蘭の花の薄くれないの群落から、
苔桃の密生した花崗岩の礫地から、
石南の花が重たくひらく晴朗な午前の時刻から、
くらい原生林を洩れて来る氷のような谷風から、
遠くまた近く青葉にひびくカッコウの笛の歌から、
名も知らぬ深山の花の光耀と、
そこに群集する千百の昆虫の労働と遊戯とから、
その活力と、その優しさと、その美とから、
すべてを採り、一切を抱き、豊かに養われて、
千年の落葉をくぐり、空間と太陽とに露出し、
やがて人間生活の真只中へ流れ込んで其処をうるおすため、
ああ今、初夏の山奥の暗い源泉から破れ出て、
薫風の岩角をこんこんと濡らして通れ、私の歌!
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