或る朝のおもい
(シャルル・ヴィルドラックに)
尾崎喜八
浮動する、深い夢に満ちた一夜、
そして今は草々の霜もしとどの夜の明けがた、
朝のそよかぜに涼しい庭をあるきながら、
私は君をおもう、君をおもう、
愛情のために少し重たい
私の心と額とをもって。
夏の夜あけの滴るような空の下、
たった一人で君をおもう。
私は真紅の罌粟の花の間を歩いている君を見る気がする、
私は麦の穂の中に君の大股のしっかりした足音を聴く気がする。
そして湿った地面の上に君の大きな靴の痕を見つけて辿る、
家のまわり、もろこしの立つ小径のはずれまで。
君は思い出すか、優しい心の友よ、
今はここから遥か遠くにいる君は、
湧きたつような新緑の林に近く、
日本の田舎の片隅にひそむ一軒の家を。
そこで君の詩人のたましいが大切に守られ、
また君の親切な実例がいつまでも生きるその家を。
人の一生はこの国での君の滞在のように短い。
この心と心の触れあいを、
それならばなぜこんなに長く待たなければならなかったのか。
しかし有難いのは、私たちが
人類と芸術とに同じ信仰を持っていること、
また一人の偉大な友があって、
その人の明るい運河のような精神が
この紛糾と、我意との世で、
二つの流れをかたみに結び合わせてくれたこと。
私は君をおもう、君をおもう。
我が友よ、
今こそ揺るぎない夏の朝の光のなかで……
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