言葉 
                      尾崎喜八

  私は言葉を「物」として選ばなくてはならない。
  それは最もすくなく語られて
  深く天然のように含蓄を持ち、
  それ自身の内から花と咲いて、
  私をめぐる運命のへりで
  暗い甘く熟すようでなくてはならない。

  それがいつでも百の経験の
  ただひとつの要約でなくては ――
  一滴の水の雫が
  あらゆる露点の実りであり、
  夕暮の一点の赤い火が
  世界の夜であるように。

  そうしたら私の詩は、
  まったく新鮮な事物のように、
  私の思い出から遠く放たれて、
  朝の野の鎌として、
  春のみずうみの氷として、
  それ自身の記憶からとつぜん歌を始めるだろう。





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注)含蓄 ガンチク/雫 シズク/露点 ロテン