夜をこめて 尾崎喜八
どこか知らないが真っ暗な丘の藪地の 灌木の茂みにちぢこまって一夜をあかした。
今にも飛んで来そうな氷柱のような星の下で、 冬の夜どおし風が荒れ、霜が鳴った。
まんじりともできない寒さにときどき眼をあけたが、 鳥目に見えるのは死と恐怖の闇ばかり。
伴侶のからだのぬくみを頼りに 眼をつぶってもっとしっかり寄り添った。
離れていたら知らぬ間にこごえて死んでしまうだろう、 あおむけに、空をつかんで、固くなって。
そうなったら、すべての山々が緑にけむる はてしない春のよろこびの日は。
高い樹のうろの安全な巣で かわいい卵を抱く妻のまるい、輝く眼は。
全身のうぶげをふくらませて いよいよしっかり枝をつかんだ…… *
けれども永遠かと思われた長い夜がとうとう明けて、 思わぬ方角で青と赤とのしののめが破れた。
ごうっと吹きわたる一文字の夜あけの風に、 ちちと鳴きかわして日雀の夫婦は飛び立った。
やがてまっさきに丘を照らした真紅の太陽が、 一夜の霜を燦とした炎にかえる黎明の前に。