夜をこめて 
                      尾崎喜八

  どこか知らないが真っ暗な丘の藪地の
  灌木の茂みにちぢこまって一夜をあかした。

  今にも飛んで来そうな氷柱のような星の下で、
  冬の夜どおし風が荒れ、霜が鳴った。

  まんじりともできない寒さにときどき眼をあけたが、
  鳥目に見えるのは死と恐怖の闇ばかり。

  伴侶のからだのぬくみを頼りに
  眼をつぶってもっとしっかり寄り添った。

  離れていたら知らぬ間にこごえて死んでしまうだろう、
  あおむけに、空をつかんで、固くなって。

  そうなったら、すべての山々が緑にけむる
  はてしない春のよろこびの日は。

  高い樹のうろの安全な巣で
  かわいい卵を抱く妻のまるい、輝く眼は。

  全身のうぶげをふくらませて
  いよいよしっかり枝をつかんだ……

     *

  けれども永遠かと思われた長い夜がとうとう明けて、
  思わぬ方角で青と赤とのしののめが破れた。

  ごうっと吹きわたる一文字の夜あけの風に、
  ちちと鳴きかわして日雀の夫婦は飛び立った。

  やがてまっさきに丘を照らした真紅の太陽が、
  一夜の霜を燦とした炎にかえる黎明の前に。



「行人の歌」目次へ / 詩人尾崎喜八の紹介トップページへ / 煦明塾トップページへ 
注)藪地 ヤブチ/灌木 カンボク/氷柱 ツララ/伴侶 トモ/日雀 ヒガラ/燦 サン/黎明 レイメイ