夏の最後の薔薇 
                      尾崎喜八

  夏の最後の薔薇よ、
  ほかの友らは皆それぞれ時を終えて
  彼らのあかるい魂を空にかえした。
  それならば白く乾いた花壇のすみに
  ひとり咲いている最後のお前は
  あのアイルランドの古い歌のそれだろうか。

  あした私は遠く旅立つ。
  私の帰国は秋も終りになるだろう。
  私はお前の終焉を見とどける事ができない。
  しかしお前の夕映えいろの花の面輪の
  その大きな匂やかな沈黙の前では
  私の別離がひどく小さなものに思われる。

  訣別という事のいさぎよさが
  あとに残される者の寛大なうべないの前で
  時に甚だ貧しいものに見えるように、

  おのれを抑えて別れをうけ入れるその気高さから
  相手の利己と惻隠との感情が
  かえって恥じてひとり秘かにいらだつように。


 


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注)薔薇 バラ/終焉 シュウエン/面輪 オモワ/訣別 ケツベツ/甚だ ハナハダ
惻隠
ソクイン/秘か ヒソカ