言葉 
                      尾崎喜八

  彼らのつかう言葉はおおむね壁だ。
  でこぼこな ゆがんだ鏡面だ。
  概念はただ音として騒がしく跳ねかえり、
  矯正し得ない乱反射に
  どんな映像も正しくは結ばれない。

  粗大な意味だけで通用する言葉が
  紙幣のように吟味もなしに授受される。
  そのは忽ち手ずれて、破れて、きたならしく、
  もう皺くちゃになっている。
  だがそれを金に換えようとは誰もしない。
  然しほんとうの言葉は生きた象徴だ。
  それぞれに純粋な質と形象とを具え、
  固有の色や匂いやしらべを体して、
  処を得れば陸離として生動すること
  花や水や星のようだ。


 


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注)跳ね ハネ/矯正 キョウセイ/吟味 ギンミ/授受 ジュジュ/皺くちゃ シワクチャ
キン/換えよう カエヨウ/形象 ケイショウ/具え ソナエ/体して タイシテ
トコロ/陸離 リクリ/生動 セイドウ