人のいない牧歌 
                      尾崎喜八

  秋が野山を照らしている。
  暑かった日光が今は親しい。
  十月の草の小みちを行きながら、
  ふたたびの幸が私にある。

  谷の下手で遠い鷹の声がする。
  近くの林で赤げらも鳴いている。
  空気の乾燥に山畑の豆がたえずはじけて、
  そのつぶてを受けた透明な
  黄いろい豆の葉がはらはらと散る。

  この冬ひとりで焚火をした窪地は
  今は白い梅鉢草の群落だ。
  そこの切株に大きな瑠璃色の天牛がいて、
  からだよりも長い鬚を動かしながら、
  一点の雲もないまっさおな空間を掃いている。


 


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注) サチ下手 シモテ/鷹 タカ/焚火 タキビ/窪地 クボチ/梅鉢草 ウメバチソウ
瑠璃色
ルリイロ天牛 カミキリムシ/鬚 ヒゲ/掃いて ハイテ