路傍 
                      尾崎喜八

  田の草とりの百姓たちが日盛りの田圃で
  煮えるような泥の中を葡いまわっていた。
  薄赤いちだけさしの咲きつづく畷道に
  ちいさい空罐をかかえた三人の子供、
  五つ位になる男の児がもっと幼い二人に言っていた、
  「どじょう一匹取ったら帰らざ」

  信州の田舎の夏よ!
  路傍に青い影をおとす胡桃の木のむこうは、
  玉虫色の山々と果て知れぬ空気の海だった。


 


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注)路傍 ロボウ/田圃 タンボ/泥 ドロ/葡い ハイ畷道 ナワテミチ
空罐
アキカン/男の児 オトコノコ/田舎 イナカ胡桃 クルミ