盛夏の午後 
                      尾崎喜八

  歌を競うというよりも むしろ
  歌によって空間をつくる頬白が二羽、
  向こうの落葉松と
  こちらの丘の林檎の樹に
  小さい鳥の姿を見せて鳴いている。

  その中間の低い土地は花ばたけ、
  大輪百日草のあらゆる種類が
  人為の設計と自然の自由とを咲き満ちている。

  すべての山はまだ夏山で、
  森も林もまだしんしんと夏木立だが、
  もうその葉に黄を点じた一本の胡桃の樹。

  二羽の小鳥はほどんど空間を完成した。
  しかしなお歌はやまない。
  その二つの歌の水晶のようなしたたりが、
  雲の楼閣を洩れてくる晩い午後の日光の
  蜜のような濃厚さを涼しく薄める。


 


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注)盛夏 セイカ/頬白 ホオジロ落葉松 カラマツ/林檎 リンゴ
百日草 ジニア胡桃 クルミ/楼閣 ロウカク/洩れて モレテ/晩い オソイ