安曇野 
                      尾崎喜八

  春の田舎のちいさい駅に
  私を見送る女学生が七八人
  別れを惜んでまだ去りやらず佇んでいる。
  彼女らのあまりに満ちた異性の若さと
  その純な こぼれるような人なつこさとが、
  私に或る圧迫をさえ感じさせる。
  私はそれとなく風景に目をさまよわす。
  駅のまわりには岩燕がひるがえり、
  田植前の田圃の水に
  鋤きこまれた紫雲英の花が浮いている。
  そしてその温かい水面に、ようやく傾く太陽が
  薄みどりの靄をとおして金紅色に照りかえし、
  白い綬のように残雪を懸けた常念が
  雄渾なピラミッドを逆さまに映している。
  絵のような烏川黒沢川の扇状地、
  穂高の山葵田はあの森かげに、
  彫刻家碌山の記念の家は
  こちらの山裾にある筈だ。
  いずこも懐かしい曾遊の地と
  暮春安曇野のこの娘ら……
  私の電車はまだ来ない。


 


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注)安曇野 アズミノ/田舎 イナカ/惜んで オシンデ/佇んで タタズンデ
岩燕田
イワツバメ/田植 タウエ/田圃 タンボ/鋤き スキ紫雲英 ゲンゲ
モヤ/綬 ヒモ(ジュ)/常念 ジョウネン/雄渾 ユウコン/烏川 カラスガワ
山葵田 ワサビダ/碌山 ロクザン/山裾 ヤマスソ/曾遊 ソウユウ/暮春 ボシュン