冬のこころ 
                      尾崎喜八

  ここにはしんとして立つ黄と灰色の木々がある。
  その木立を透いて雪の連山が横たわり、
  日にあたった枯草の丘のうえ
  真珠いろに光る薄みどりの空が憩っている。
  これらのものはすべて私に冬を語る。
  世界の冬と 私自身の生の冬とを。
  かつて私にとっては春と夏だけが
  生の充溢と愛や喜びの季節だった。
  いま私はしずかに老いて、
  遠い平野の水のように晴れ、
  あらゆる日の花や雲や空の色を
  むかえ映して孤独と愛とに澄んでいる。
  世界は形象と比喩とにすぎない。
  ひとえに豊かな知恵の愛で
  あるがままのそれをいつくしむのだ。
  枯葉を落とす灰色の木立 雪の山々
  真珠みどりの北の空と
  山裾に昼のけむりを上げる村々、
  この風光を世界の冬の
  無心な顔や美の訴えとして愛するのだ。


 


「花咲ける孤独」目次へ / 尾崎喜八資料館トップページへ / 煦明塾トップページへ 
注)透いて スイテ/憩って イコッテ/充溢 ジュウイツ/澄んで スンデ
形象
ケイショウ/比喩 ヒユ/山裾 ヤマスソ