春の牧場 尾崎喜八
あかるく青いなごやかな空を 春の白い雲の帆がゆく。 谷の落葉松、丘の白樺、 古い村落を点々とおりどる あんず 桜が 旗のようだ。
ほのぼのと赤い二十里の 大気にうかぶ槍や穂高が 私に流離の歌をうたう。 牧柵や 蝶や 花や 小川が 存在もまた旅だと私に告げる。
だが 緑の牧の草のなかで 風に吹かれている一つの岩、 春愁をしのぐ安山岩の この堅い席こそきょうの私には好ましい。