存在
尾崎喜八
しばしば私は立ちどまらなければならなかった、
事物からの隔たりをたしかめるように。
その隔たりを充填する
なんと幾億万空気分子の濃い渦巻。
きのうはこの高原の各所にあがる野火の煙をながめ、
今日は落葉の林にかすかな小鳥を聴いている。
十日都会の消息を知らず、
雲のむらがる山野の起伏と
枯草を縫うあおい小径と
隔絶をになって谷間をくだる稀な列車と……
ああ たがいに清くわかれ生きて
遠くその本性と運命とに強まってこそ
常にその最も固有の美をあらわす事物の姿。
こうして私は孤独に徹し、
この世のすべての形象に
おのずからなる照応の美を褒め たたえる。
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