本国 
                      尾崎喜八

  私には ときどき 私の歌が
  何処かほんとうに遠くからの
  たよりではないかという気がする。

  北の夏をきらきら溶ける氷のほとりで
  苔のような貧しい草が
  濃い紫の花から金の花粉をこぼす極北、
  私の歌はそこに生まれて
  海鳥の暗いさけびや 海岸の雪渓や
  森閑と照る深夜の太陽と共に住むのか、
  それとも 空一面にそよかぜの満ちる
  暗い春の夜な夜なを
  天の双子と獅子とのあいだに
  あるとしもなく朧に光るペルセペの星団、
  あの宇宙の銀の蜂の巣、
  あそこが彼の本国かと。


 


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注)雪渓 セッケイ/森閑 シンカン双子 フタゴ/獅子 シシ オボロ