詩心 
                      尾崎喜八

  田舎のさびしい公園に
  まだ荒い四月の春を感じながら
  私がもう読むことをやめて ただ
  膝のうえに置いたままの本、
  弟にあてた或る画家の手紙。

  とつぜん
  心がひとつの「物」を見つける。
  その物が遠い他の物たちを照りかえす。

  私に 私の世界が見える。
  私はすぐにはじめなくてはならない。
  そこに 金褐色に熟れた一望の暑い麦のひろがり、
  その畝ごとに
  ひらひら燃える雛罌粟の花、
  子供の空のような
  碧い矢車菊や紫つゆくさの大きな七月……

  物からの隔たりと
  物の照応とを讃美して、
  ゴッホと共に世界をつかみ、
  ゴッホの世界のむこうを行く。


 


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注)膝 ヒザ/或る アル ウネ雛罌粟 ヒナゲシ/碧い アオイ