雲雀 
                      尾崎喜八

 

  青ぞらは光の海、
  太陽は巨大な輝く揺籃、
  そして野は
  緑と鳶いろと銀と淡紅とでぎっしり織りつめられた
  丈夫な美しい絨緞。

  沸々と増盛するもので野はいっぱい。
  ここでは、雑木の根で組み固められた土手の下を
  小川が若い女の腕のように
  ぐるぐると逞ましく流れ、
  路の栗いろの帯をさしはさんで、
  まろい大地の腹に
  鮮麗な麦畑がうねりを打ってひろがっている。

  光にまみれた高い空間で
  気も遠くなるような一つの声が、
  きらきらと急調子のトレモロをやっている。
  雲雀、今年初めての野の雲雀だ!

  ああ、濶然たる田園を見おろすあんな空で、
  小さな全身を歓喜にふるわせ、
  あるかぎりの音量をまきちらして雲雀は歌を歌っている。
  まっさおな空気の層をゆるがす
  のどいっぱいの彼のトレブル!

  まるでとんでもない幸福の夢想が
  その微細な脳髄を占領してしまったかのよう。
  頭を太陽に向け、
  強い翼をぶるぶる顫わせ、
  その幸福な夢想に興奮して地上の一切事を忘れ、
  目に見えぬ天空の階段を
  雲雀は
  熱気に打たれて駆けのぼる。

  紗のような薄い雲が太陽の前を通って
  すべての色彩が光を吸って鮮明になる。

  とつぜん空中の歌が止んだ。
  恍惚が醒め、風景がかげる。
  また少しひやりとする風が畠をわたって
  の枝で去年の枯葉がからから鳴る。
  雲雀は小さな黒点となって
  つぶてのように野に落ちた。


 


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注)雲雀 ヒバリ/揺籃 ヨウラン/絨緞 ジュウタン/濶然 カツゼン
顫わせ
フルワセ/恍惚 コウコツ/楢 ナラ