雨
尾崎喜八
雨は、ぼうぼうと降る、
緑と枯葉の十月の庭に。
ぼうぼうと、雨は降る、
波打つ畠や、黒ずんだ森や、
農家の藁葺屋根をうずめつくして。
村道に沿って流れるちいさな流れは
この長雨に水嵩を増し、
野菜畠や竹林のあいだに
安らかな家々の散らばる村のいたるところで
どこか力のあるその呟きを洩らしている。
農家の子供が
笊にいっぱいの里芋を流れの岸で洗っている。
水は道に溢れ出そうだ。
水は雨の脚に吸い上げられているように見える、
曲が角でぐるぐる渦をまく水は、
板をわたした単純な橋の袂で
おいかぶさった螢草や虎杖の花を揺さぶりながら流れる水は。
ぼうぼうと、雨は降る。
蜘蛛の糸のように細くて力づよい十月の雨。
若い娘が昼餉の支度をしている廚の前で
鶏舎をはなれた鶏が二羽
濡れしょぼたれた姿をして、
まだ働きに出ている蟻を見つけてはそれをついばむ。
井戸端の
幾抱えもあるような萩の薮はどっぷり濡れて、
細かな淡紅の花を井戸の流しに散らしている。
硝子戸をあけた廚からは
料理の香ばしい匂いが雨の中へ流れ出す。
ここでは雨も家庭的だ。
パチパチ跳ねる炭火の音、
ジュージューいう焼き肉のかおり。
健康な食欲が雨と競って時は正午だ。
焼けろ、焼けろ、肉のきれ、
枯葉の色に、鹿の子色に。
煮えろ、煮えろ、鍋の物、
熱く、ぐらぐらと、湯気を立てて。
ぼうぼうと、雨は降る。
すこし休んでは又降る雨。
陸稲の畠では鳥おどしが侘びしく動き、
どこかで鳴いている微かな蟋蟀。
椋鳥の一と群がぱっと輪を描いて
高い欅から柿の木へ移る。
木から木へ、
薮から薮へと、
ひとしきり忙しく飛び廻っていた椋鳥の群は、
やがてむこうの村へと行ってしまう。
それでも雨は降る、
ぼうぼうと雨は降る、
緑と枯葉の十月の庭に
いつ上がるとも知れない雨が、
波打つ畠や、黒ずんだ森や、
農家の藁屋根をうずめつくして、
ぼうぼうと、村々をこめて、
夜になるまで。
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