桃林にて (III) 尾崎喜八
桃林はついにみずから粧った、 土がふくらみ、 春風がさまよい、 水の光が雲にうつるこの田舎で。
待ちのぞまれた桃の林の 桃いろの花の奇蹟を眼の前にして、 どんな徽宗が、ボナールが、蕪村が、 この田園の野趣と王朝艶美の表現に 彼らの丹精をつくすことか!
しかし農夫は悠然と くわえ煙草の青い煙をなびかせながら、 この完璧の中にもなお 隠れているわずかな瑕瑾を見出して、 やおら腰のうしろの鋏を抜く。