桃林にて (II) 尾崎喜八
昔の川の流れが鷹揚に置いていった ふかく肥えた土壌の遠いひろがり。 農夫らの自然への信頼と明るい知恵と 強靭な持続の意志とが、 よくこの独特な、富裕な 果樹園地帯の風景を完成した。
幾何図形の木々の点列と、 その灰いろの中にかすむ緑の下萌よ。 いさぎよく刈りこまれて錯落とした 枝のあいだの純粋な空間が、 やがて流れる蜜の香や 重い桃色の波の予感を 目ざめのへりのまどろみのように かろく恍惚と支えている。