桃林にて (I) 尾崎喜八
農夫が彼の果樹園で 桃の林を剪定している。 樹液のかよいはじめた柔らかい枝が くるいのない鑑別の鋭利な鋏に 惜しげもなく切り落とされる、 あたかも有害な欲望や 気まぐれな着想が整理されてゆくように。
花や実りのためにする この果敢な切り捨てと抜擢とは 詩人の作業に彷彿としてはいないか。 青いやわらかい空気の中に とおく鷽の口笛さえひびく早春を 人けもない多摩の田舎の桃林で 剪定の鋏の音が星のようだ。