兜虫
尾崎喜八
駒込にいる友達の彫刻家が
兜虫をほしいと書いてよこしたその日から
雲の飛行さえ消息めいてなつかしい
日本の初秋の空の下、
武蔵野の片田舎では昨日も今日も兜虫狩!
仕事がすんだら
夕方まで出かけるのだ、妻よ。
ああ、風に吹かれる殻斗科植物!
残暑の斜光にかすむような
野中の並木は彼らの巣だ。
そら、その角で挟まれるな。
そこをおさえろ!
―― 俺の友達は変り者で、
気の利いた、小悧巧な、わかりの早い世の中に、
こんな鹿爪らしい角をかまえ、
味もそっけもない木の芯を噛み味わい、
むきになり、憤怒し、
また許された天地を笑い楽しみ、
甲虫の意地を張りとおして梃でも動かぬ虫を好く。
―― そら出た、別の大きなのが、
まるでホイットマンのようなのが。
だが今度のは
又なんてすばらしい大物だろう!
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