冬の木立 
                      尾崎喜八

  あんなに豪奢だった秋の誇りのゴブランを
  惜しげもなくからりと振りおとして、
  昼は金粉まく小春日の空気のなか、
  浅黄の空のなつかしく、とおいのに、
  灰いろさわやかな簡素な姿を、
  村の片隅や野の路ばたの日あたりに、
  整々と立ち張るきよい木立らよ!
  都会ははるかに、稲むらはあたたかく、
  連山の見える平野の風景に、
  孤独のひたき、水飲みに来て、
  くちばしを濡らすたのしい午後、
  木立よ、
  おんみらの姿を私は新しい悦びとする。

  根がたにはびた緑の苔をつけ、
  なめらかな銀のには光明と寒気をまとい、
  つよい枝張りは煙のように、針のように、
  天にひろがり、天を刺し、
  路のべに落たる影をえがく。
  冬の聖者、冬の法悦。
  若葉の夢を黒いこぶしに握る
  おんみらの隠忍こそ今の私にはふさわしい。
  ああけだかきものに胸うたれよ!
  信仰の新しき美に額をげよ!
  きょうもまた風のように野を往きながら、
  きよらかな冬の木立に
  わが魂の風景を私は見るのだ。




「高層雲の下」目次へ / 詩人尾崎喜八の紹介トップページへ / 煦明塾トップページへ 
注)豪奢 ゴウシャ/浅黄 アサギ/悦び ヨロコビ/膚 ハダ/光明 コウミョウ
錯落
サクラク/隠忍 インニン ヒタイ/昂げよ アゲヨ