水際 
                      尾崎喜八

  水晶の念珠のかろく打ちあう水の音、
  書きながす蘆手模様の涼しい波紋。
  その水際から湧きおこって、
  半透明の練玉を玉につづる
  あじさいの花の青い静かな房々。

  落日の青みがかった金色の光が
  橋の袂の高い楡の梢から
  無心の小鳥のように飛び去ると、
  暑い一日のあとの平和な夕暮が完全に来る。
  ある清新なたのしさ、やすらかな信頼が、
  ほのぐらい地から、
  また水のほとりの微光からうまれる。

  瑠璃いろの花のかたまりは
  この水と、この空気と、
  この微光とが冷めたく凝って出来たよう。
  眼はおもずからこれに吸われて、
  その冷めたさと清らかさが
  からだじゅうに伝わってくるかと思われる。

  低く架けわたした板橋に立って
  しずかな心で眺めていると、
  エメラルドのその葉から向う岸の楢の枝へと、
  一匹の逞しい美しい蜘蛛が
  かがやく糸を強く張って、
  たそがれのいけにえを待つ
  水の上の大きなダイヤモンド形を編んでいた。




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注)念珠 ネンズ(ネンジュ)/蘆手 アシデ/袂 タモト/楡 ニレ/梢 コズエ
  瑠璃
ルリ/冷めたく ツメタク/楢 ナラ/逞しい タクマシイ/蜘蛛 クモ