草上の郵便
尾崎喜八
朝の戸口で郵便をうけとり、
野へ出かけてゆく時の晴れやかな心よ。
まっさおな空には今朝ももう早く巻雲が
美しい夏の刷毛目を書いている。
空気はぴかぴか、
横ぎってゆく空地は雑草でさんざん、
藪だたみの小径には栗の花がもう卵色の長い穂を垂らしている。
ひやりとしたその路をできるだけゆっくり歩いて
やがてからりと開けた武蔵野の畠へ出る。
そうして眼もはるばるとした夏の朝の広袤のなかで、
たった一人のうごく点景である自分を意識しては、
生きている身の悦ばしい自由を今こそ感じる。
私はいつもの樫のこかげへ足を投げだし、
さて朝早くから郵便やのとどけてくれた
人の消息の花束を静かにほどくのだ、
そこに落ちかげる青絹のような光を浴び、
風をまとい、ふうけいに漂蕩し、
この壮麗な朝を
きょう初めての事に思いながら。
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