最後の雪に 
                      尾崎喜八

  田舎のわが家の窓硝子の前で
  冬のおわりの花びらの雪、
  高雅な、憂鬱な老嬢たちが
  朝から白いワルツを踊っている。

  その窓に近い机にむかって
  私の書く光明の詩、
  早春の夕がた、透明な運河の
  水や船や労働を織りこんだ生気の詩。

  雪よ、野に藪に、畠に路に、
  そして私の窓の前、
  お前たちの踊る典雅なウインナ・ワルツの
  その高貴さを私の詩に加えてくれ。

  やがて遠い地平から輝く春が
  微風と雲雀とのその前駆を送るとき、
  古い詩稿に私は愛を感じるだろう、
  お前たち、高雅な憂鬱な老嬢たちの
  窓の前でのあの最後の舞踏のため、
  私の内でいつも楽しい記念のため。



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注)窓硝子 マドガラス/憂鬱 ユウウツ/光明 コウミョウ/藪 ヤブ/雲雀 ヒバリ/詩稿 シコウ