高層雲の下
尾崎喜八
地めんに映る樫の葉かげがだんだん濃くなり、
日なた日かげの庭じゅうどこでも
けなげな蟻が思い思いの仕事にうろつく朝のうちから、
もう、かっと照りつける三伏の日の暑さはじめに
耳を聾する蝉の合唱。
けれども、汗水たらしてこの世の夏を生きる者への慰めには、
見るもまばゆい青一面の七月の大空に、
ほら!
雪よりも白く、羽根よりもかろい、
太古の静けさそのままな高層雲の浮模様。
きょうもまた都会では、
すこしばかりの片蔭をわずかな頼みに、
仕事を求める青年が
あすの運命を思いわずらいながら、
大通りの石だたみに塵労の下駄すりへらしている事だろう。
また誠実な、勤勉な事務員は、
炎熱の反射いかめしい二階三階の事務室で、
帳簿を前に、襟にはハンケチ、
額ににじむ汗をふきふき、
赤、黒のインキにその指先をよごしている事だろう。
また女事務員は、タイプライターに、伝票整理に、
さては眼まぐるしい電話交換台の取次に、
若いさかりの頭やからだを使いきっている事だろう。
街路の人も、屋内の者も、
皆一ように黙々と堪えしのぶ勤労の都会の真夏、
渚をはしる潮風に、ゆかたの袖ひるがえる海水浴や、
緑したたる山の避暑地は絵そらごとだ。
炎天の氷屋の氷水よ、
暗い賄所のアイスクリームよ、
このけなげな人々の煎りつく喉をせめてはうるおせ。
ああかかる時、私は広大な田舎の空の下で、
鎌の刃にとりいれの穂の落ちる麦畠から、
遠い都に働いている人々の上をけっしてあだには思うまい。
また吹き付ける三伏の炎を浴びながら
草取りにまがった腰をのばす時でも、
生きるための労働が
けっして我一人の事ではないと思うだろう。
そうして私は心の中でこう叫ぶ、
友よ、
都会にまた田舎にちらばる見知らぬ友よ、
この炎天のまっぴるま、
もしも窓から、街路から、或いは野から
見はてもつかぬ空の果てに一すじながれる高層雲を見つけたら、
その真下には田舎があり、畠があり、
畠の隅に小屋があって、
戸口にかぶさる一本の樫の木の下に
いつでも握手の手をさしだす一人の友のいる事を忘れたもうなと。
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