秋の流域 
            (わが娘、栄子に)

                      尾崎喜八

  二日の雨がなごりなく上がって、
  けさは天地のあいだに新しい風が流れている。
  暖かい道のうえの小石をごらん、
  これは石英閃緑岩というのだ。
  こんな石にさえそれぞれ好もしい名がつけられ、
  一つ一つが日に照らされ、風に吹かれて、
  きょうの爽かな、昔のような朝を、
  何か優しい思い出にでも耽っているように
  みんな薄青い涼しい影をやどしている。

  葡萄畠のあいだから川が見えて来た。
  風景の中の自然の水の見えて来るときの
  深い心の喜びをお前がいつまでも忘れないように!
  だが銀の糸のもつれたように流れる川の両岸には、
  平地といわず、丘といわず、
  この土地の人々の頼もしい生活と
  画のような耕作地とがひろがっている。
  そうしてこの美しいひろびろとした流域のむこうには、
  同じ日本の空があり、秋があり、
  其処で営まれているまた別のたくさんのたくさんの生活がある……


 


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注)石英閃緑岩 セキエイセンショクガン/爽かな サワヤカナ/耽って フケッテ
葡萄畠
ブドウバタケ/其処 ソコ