山小屋の朝 尾崎喜八
小屋の屋根からは陽炎が立っている。 僕は山でもひとりぼっちの一兵卒だから、 こんな陽炎までふるまう今朝の麗らかな山頂を、 単純に、しんからありがたかった。
壮麗の、森厳のと言ったって、 結局言葉は貧寒な雪の山巓だ。 青玉のような空の下にぎっしりと稜をならべた、 この中部日本の広大な結晶群が僕をだまらせる。
こんな朝のさばさばした人間関係…… 七彩の虹を吐く雪の上へ長々と影をよこたえて、 死んだ父親によく似た小屋番のおやじの横顔に、 僕はカメラの狙いをつける。