ハインリッヒ・シュッツ 
                      尾崎喜八


  静かに齢の坂をくだる丘の上で、シュッツよ。
  或る日私はあなたの音楽に初めてまみえた。
  そしてヨーハン・セバスチアンの豊かな世界の広がりの上に
  遠くあなたの星座の輝くのを見た。

  それ以来あなたの芸術は
  私の仰ぎ見る精神の天界図のなかで、
  いよいよ独自の光を強め、輪郭を明らかにしながら、
  善に通ずる美への遥かな郷愁を奏でている。

  あなたの高らかな決然とした抑揚は
  ともすれば凡庸に堕する私の生活を奮い立たせて、
  私を最後の旅路へと充実させる。

  そしてあなたの凝縮された宗教的情緒は
  時にゆるやかに解かれ、花のように咲きひろがって、
  私の最後の園を聖なる薫りと色とで満たす。


 


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注)齢 ヨワイ/或る日 アルヒ/抑揚 ヨクヨウ/凡庸 ボンヨウ/堕する ダスル/奮い フルイ