元旦の笛 
                      尾崎喜八

  元日の朝には笛を吹こう。
  祈りと祝福、無限の思いを
  歌口ふかく吹きこんで、
  老いをしのぐ息と指とで
  歌のしらべを造形しながら、
  ゆたかに、満ちて、晴れやかに、
  みなぎるように吹き鳴らそう。

  猜疑と敵視と混乱の
  この慰めもなく貧しい世界に、
  せめてふたたびめぐって来た
  新たな年のねがいとして、
  美と喜びと調和への
  人類のあこがれ、天の律呂を
  深くひろびろと吹きおくるのだ。

  窓のむこうは多摩の横山、
  かすみの奥に富士も見える。
  家をかこんだ冬木の枝に
  頬白だろうか、チチと鳴く声。
  手をあたため、歌口しめして、
  バッハ、ヘンデル、モーツァルト、
  元日の朝にはこの一管の竪笛を吹こう。


 


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注)歌口 ウタグチ/猜疑 サイギ律呂 リツリョ/頬白 ホオジロ竪笛 タテブエ