投稿:「冬の旅」思い出すまま      久方 東雲


 冬になると必ず二度三度とラジオから流れてくるシューベルトの「冬の旅」を耳にします。 この「冬の旅」はシューベルトの歌曲のうちでも代表的な連作歌曲集で、全二十四曲よりなり、短調を主体的に暗い響をもって我々に悽惨なまでの感動を与えてくれます。「おやすみ」「菩提樹」「春の夢」など有名な曲が数多く含まれていることはご存知の方も多いと思います。

 僕がこの「冬の旅」を知ったのは今から十年近く前になる学生の頃のことである。冬の一夜、やはりラジオから聞こえてくるこの「冬の旅」にかつて経験したことのない程に感激し、 翌日にはさっそく楽譜やレコードを買い求め、誰か声楽の先生は居らぬかと探しまわり(幸いにもフィッシャー=ディスカウに師事したことのある立派な先生を知りえた)、工学部の授業そこのけで、今迄親しんできたものとは異質の旋律をもつこの美しい音楽に没頭し、ついには文学部まで赴いて「美学」の講義をうけ、先生と「冬の旅」について議論したのも昨日のことのように憶えている。

 その夜以来、何とかしてこの「冬の旅」を物にしようと朝晩の通学の都電の中に楽譜をもちこみ、また銭湯にいって練習をしては大声でどなられ、果ては「雑音だからやめてくれ」というような投書まで受けながらも、ほぼ全曲暗譜することができ、我ながら感激したのも学生ならではのことで、今でもこの時の気持ちを大事にもっている。

 日立に入っていくつかの寮生活をしているが、当時のくせがぬけやらず、風呂や廊下で大声を出して歌っては皆さんにご迷惑をかけているが、寮生総会のあとなどことあるごとに歌わされることでご勘弁を願っている。このように僕にとって「冬の旅」は愛唱歌のように親しみ深いものになっている。

 シューベルトにはこの「冬の旅」のほかに「美しい水車屋の娘」「白鳥の歌」をはじめ、汲んでもつきない内容と表現をもつゲーテの比類のない詩、シラーのドラマチックで力強い詩、ロマン的で多分に夢想性ををつハイネの詩などをもとにした数多くの美しい歌曲があり、その詩の深い内容と相俟って「冬の旅」とは別の感動を我々に与えてくれます。しかしともあれ「冬の旅」はシューベルト歌曲の一つのピークであることに異論をもつ人はいないだろう。そしてわれわれ聞くものの心にいつまでも強い印象を与えつづけるにちがいない。


奥脇作品集の目次に戻る
リート研究会に戻る / トップページに戻る